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お金を介さない、古くて新しい経済から感じる幸せの香り

最近、お金というものを介さない経済というのが面白いな〜と思います。

例えば、今欧米で注目されているシステム「タイムバンク」。

「金なんていらねぇ!」欧米で話題の、スキル交換をする新しい経済システム | TABILABO

http://tabi-labo.com/5692/timebanks/

このシステムでは、会員同士がお金のかわりに自分の特技と時間を交換する。例えば、ヨガが得意な会員が、別の会員に1時間ヨガレッスンをすると、1タイムクレジットがもらえる。その会員は、1タイムクレジットで別の特技を持った会員のサービスを1時間受けられるというわけだ。

まさに夢の生活! 15年間お金を使わずに生活するとても豊かな生き方 | ロケットニュース

http://rocketnews24.com/2011/07/11/111350/

1989年、2人の子どもを連れてドルトムント市に引っ越したときのこと、彼女は多くのホームレスの姿を目の当たりにし、衝撃を受けた。彼らのために何かできないかと思案した末に、1994年「譲り合いセンター(Give and take central)」を設立する。
これは、お金を使わずに価値を交換する施設である。たとえば、古着を台所用品と交換できたり、車に関するサービスを提供する見返りに、配管サービスを受けられたりなど、価値と価値を交換することができるのだ。この施設は、数多くの失業者の助けとなり、彼女のアイディアを真似した施設が、ドイツに多数誕生した。

GDPが非常に低い国が日本より豊かな生活を送っている現実

どこで読んだか忘れたましたが、東南アジアの街に数年住んだ日本人が、
「日本よりGDPが遙か下の国なのに、どう考えても日本よりも豊かな生活を送っている。
なぜなら彼らは様々な資産を街全体で共有しているからだ。」と 感じたという話が
とても印象に残っています。

もちろん、お金は便利なもの

パソコンを買うために渋谷のビックカメラまで
米俵を担いで行く苦痛から僕たちを解放してくれているのは紛れも無くお金です。

お金自体に罪はなく、問題は手段であるお金が目的と化してしまったことにあります。
いい古された定型文ではありますが、いま日本人が不幸である理由は
ほとんどがコレだと思います。肌感覚では、とくに関東圏に住んでいる人。

自分を殺して毎日稼いでいるそのお金は、本当に必要でしょうか。
ストレスを溜めて頑張って稼いだお金、そのストレスを解消するためだけに使っていませんか?

日本人は自分の頭で考えるのが苦手だと思いますので、
みんなそれぞれ今の生活に疑問を感じていつつも、
「こうやって毎日満員電車で通勤し、充実感の無い仕事を遅くまでして帰る」
ことに、変化を起こそうとはなかなか思いつきません。

お金で手に入ると思っている幸せは、ほんとは手に入らないと、
みんな薄々気づいていると思います。
変化が面倒だから、行動を起こさないだけで。

貨幣経済の極限にいるわたし達だから見える、脱貨幣経済の豊かさ

現在の日本の状況に比べると、これらのお金を介さない経済活動が、
非常に豊かに見えてきます。

お金を稼いで、ものを買う。
自分が得意なことを教えたり、ものをあげたり、もらったりする。

本質的には同じことなのに、後者のほうが豊かに見えてくるのはなぜなのでしょうか。
お金によって効率的になりすぎて失ったものを我々は今取り戻そうとしているようです。

我々がいかに、お金という幻想に振り回されているか。
ぼくらは生まれた時からお金が存在していたので、
それを客観的に見ることはできません。
ですが、それを手助けするいい本があります。

「お金に振り回されるわたし達」の不幸さを客観的に認識する方法

ミヒャエル・エンデの「モモ」を読むと、
それがとてもよくわかります。

モモの住む街の人々は、(現代の我々からすれば)貧しい暮らしをしていましたが、
本当に毎日楽しく、幸せに暮らしていました。

しかしある時から灰色のスーツを来た男たちがやってきて、
「あなたの将来を豊かにするために、わたしたちに時間を預けて下さい。
わたしたちは預かった時間を増やしますよ。
だから今、将来のために、無理をしてでも頑張って働かなくてはいけません。 そしてわたしたちに預けるのです。」

みたいなことを言って時間を預けさせます。
みんな、じぶんの将来のためと信じて、今の幸福を犠牲にしてせっせと働きますが、
みんなの活き活きとしていた目は死んでいき、
そうなったことにすら気づきません。
気づいている人も、「今更前の生活に戻れない」とあきらめているのです。
このままではみんな恐らく、永遠にやってこない「将来の豊かさ」を信じて、
死んだ目をしながら死んでいくのでしょう。

この話を、
* 時間 = お金 * 灰色の男たち = 銀行員 と置き換えると、
お金に振り回されて、最後まで幸せになれない私たち自身
を見ることができます。

銀行員を批判しているのではなく、貨幣経済の仕組みとしてそうなっていて、
銀行という場所に、失われた幸せの対価が集約されていき、
銀行員はその手足だということです。
銀行員自身に罪はないのです。
モモの灰色の男たちも、死ぬ間際にみな「これでやっと救われる...」と言って死んでいきます。

彼らのトップにはとんでもなく悪い、悪の親玉がいるわけではなく、
人間の欲やら何やらの無意識の集合が作り出してしまった存在なのです。

アメリカがデフォルトやら何やら言ってましたが、
そろそろ貨幣経済も移行していく時期なのかもしれません。